スプートニクの恋人
昨日、谷崎潤一郎さんの卍の話をしていたら、ふと、スプートニクの恋人を思い出しました。

『22歳の春にすみれは生まれて初めて恋に落ちた。広大な平原をまっすぐ突き進む竜巻のような激しい恋だった。恋におちた相手はすみれより17歳年上だった。さらにつけ加えるなら、女性だった。それがすべてのものごとが始まった場所であり、(ほとんど)すべての物事が終わった場所だった』

という文章で始まり、「すみれ」の17歳年上の女性へのどうしようもない思い、「ぼく」のすみれに対するかなわない思いが描かれています。

作中に「すみれ」と「ぼく」の性欲についての会話があるのですが、会話の終わりに「ぼく」がこんな言葉を返しています。

「性欲というのは理解するものじゃない」とぼくはいつもの穏当な意見を述べた。
「それはただそこにあるものなんだ」


この会話が「性」の本質そのままを示していると、私は思っています。人の「性」は理屈で考えられるものではないからこそ、永遠のテーマなのではないでしょうか。


ところで最近、多様性についていろいろな方の話を聞く機会があるのですが、
「多様性とは何か考えるものではない。多様性とはただそこにあるものだ」
のように言っている方に出会いました。
どこかで聞いた言葉だなと思ったのですが、「ぼく」の言葉にそっくりなような...🤔

2024.07.31 23:57 | pmlink.png 固定リンク | folder.png 読書メモ

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