爆弾
色彩を持たない多崎つくると彼の巡礼の年
「色彩を帯びた人間」と聞いて、つい最近まで放送されていたドラマ「アンチヒーロー」を思い出してしまうのは私だけだろうか(アンチヒーローも面白かった!長谷川博己さんがかっこよかった〜)。
序盤にあった、控えめな色彩をもつ灰田という青年の言葉をメモしておく。
「好きな時に好きなところに行って、好きなだけものを考えられるような、自由な生き方をしたいんです。」
そのむかし私も同じようなことを思い、物事をじっくり考えるための時間と環境を手に入れるために大学院に進学した。それについては全く後悔してない。むしろ良かったと思っている。けど、大学院も思うほど自由な場所ではなかった。そして今も、縛られるものや囚われる事だらけの中で生きている。たぶん、周囲からは自由に生きているように見えるのだろうけど。
最後、全てが多崎つくるくんの夢なのではないか、とか、沙羅が一緒に歩いていた中年の男も多崎つくるくんなのではないか、とか、考えてしまった。
読み応えのある1冊でした。

序盤にあった、控えめな色彩をもつ灰田という青年の言葉をメモしておく。
「好きな時に好きなところに行って、好きなだけものを考えられるような、自由な生き方をしたいんです。」
そのむかし私も同じようなことを思い、物事をじっくり考えるための時間と環境を手に入れるために大学院に進学した。それについては全く後悔してない。むしろ良かったと思っている。けど、大学院も思うほど自由な場所ではなかった。そして今も、縛られるものや囚われる事だらけの中で生きている。たぶん、周囲からは自由に生きているように見えるのだろうけど。
最後、全てが多崎つくるくんの夢なのではないか、とか、沙羅が一緒に歩いていた中年の男も多崎つくるくんなのではないか、とか、考えてしまった。
読み応えのある1冊でした。

そのときは彼によろしく
風の歌を聴け
スプートニクの恋人
昨日、谷崎潤一郎さんの卍の話をしていたら、ふと、スプートニクの恋人を思い出しました。
『22歳の春にすみれは生まれて初めて恋に落ちた。広大な平原をまっすぐ突き進む竜巻のような激しい恋だった。恋におちた相手はすみれより17歳年上だった。さらにつけ加えるなら、女性だった。それがすべてのものごとが始まった場所であり、(ほとんど)すべての物事が終わった場所だった』
という文章で始まり、「すみれ」の17歳年上の女性へのどうしようもない思い、「ぼく」のすみれに対するかなわない思いが描かれています。
作中に「すみれ」と「ぼく」の性欲についての会話があるのですが、会話の終わりに「ぼく」がこんな言葉を返しています。
「性欲というのは理解するものじゃない」とぼくはいつもの穏当な意見を述べた。
「それはただそこにあるものなんだ」
この会話が「性」の本質そのままを示していると、私は思っています。人の「性」は理屈で考えられるものではないからこそ、永遠のテーマなのではないでしょうか。
ところで最近、多様性についていろいろな方の話を聞く機会があるのですが、
「多様性とは何か考えるものではない。多様性とはただそこにあるものだ」
のように言っている方に出会いました。
どこかで聞いた言葉だなと思ったのですが、「ぼく」の言葉にそっくりなような...🤔

『22歳の春にすみれは生まれて初めて恋に落ちた。広大な平原をまっすぐ突き進む竜巻のような激しい恋だった。恋におちた相手はすみれより17歳年上だった。さらにつけ加えるなら、女性だった。それがすべてのものごとが始まった場所であり、(ほとんど)すべての物事が終わった場所だった』
という文章で始まり、「すみれ」の17歳年上の女性へのどうしようもない思い、「ぼく」のすみれに対するかなわない思いが描かれています。
作中に「すみれ」と「ぼく」の性欲についての会話があるのですが、会話の終わりに「ぼく」がこんな言葉を返しています。
「性欲というのは理解するものじゃない」とぼくはいつもの穏当な意見を述べた。
「それはただそこにあるものなんだ」
この会話が「性」の本質そのままを示していると、私は思っています。人の「性」は理屈で考えられるものではないからこそ、永遠のテーマなのではないでしょうか。
ところで最近、多様性についていろいろな方の話を聞く機会があるのですが、
「多様性とは何か考えるものではない。多様性とはただそこにあるものだ」
のように言っている方に出会いました。
どこかで聞いた言葉だなと思ったのですが、「ぼく」の言葉にそっくりなような...🤔




